こんにちは!
UIデザイナーのYunyです。
突然ですが、こんな経験はありませんか。
TikTokやInstagramでスクロールしていたら、誰もいない廊下や夏休み中の学校プールの写真が流れてきて、なぜかスクロールの手が止まってしまった——。
怖いわけじゃないし、特別きれいでもない。なのに、なぜか最後まで見てしまう。
コメント欄には「なんかわかる」「落ち着く、でも怖い」「懐かしい感じがする」という言葉が並んでいて、自分だけじゃないんだ、とちょっと安心したりして。
音楽でいえば、vaporwaveやlofi hiphopのジャケット写真に使われるような、あの「誰かいたはずなのに、もういない」空気感です。
その感覚、実はちゃんと名前があります。
リミナル・スペース(Liminal Space)とアンキャニー(Uncanny)。
2026年のデザイン業界で、これらと包括する「Reality Warp(現実の歪み)」を含む関連キーワードの検索数が前年比220%増(各種デザイントレンド調査、Canva / Adobe など、2026年)という記録的な伸びを見せており、今やSNSのニッチな文化にとどまらず、ファッション・広告・映像・ゲームといった商業デザインの核心へと浸透しています。
この記事では、「なぜ変なものに目が離せないのか」という問いを入口に、この2つの概念をデザイナー目線でひも解いていきます。
リミナルって、要するにどういう状態?
「リミナル(Liminal)」はラテン語の「limen(閾・しきい)」が語源で、もともとは人類学の用語です。
人類学者のアルノルト・ファン・ヘネップが「通過儀礼の中間段階」として定義したことで広まりました。
難しく聞こえますが、要するに「ある状態から次の状態へ移行している最中の、宙ぶらりんな時間や場所のこと」です。
成人式でたとえるなら、もう子どもではないけれど、まだ大人とも言い切れない、儀式の最中にいる感じ。
どちらにも属していない、あの中途半端な状態が「リミナル」です。
空間として見ると、こんな場所が当てはまります。
- 深夜の駅ホーム(誰も乗り降りしない)
- 夏休み中の学校の廊下
- 閉まった遊園地
- 深夜のファミリーレストラン(客が自分だけ)
いずれも「人が通り過ぎるためだけに存在する場所」が、本来の機能を失っている状態です。
そこには人の気配だけが薄っすら残っていて、それが独特の静けさを生み出しています。
私自身、仕事帰りに深夜の地下通路を歩いたとき、この感覚を強く覚えたことがあります。
白い廊下が延々と続いていて、怖くはないのに「早く出なければ」という気持ちになりました。
あとから調べて、あれがリミナル・スペースだったと知りました。
「アンキャニー」は、知ってるものが少しズレたときに生まれる
もうひとつの概念がアンキャニー(Uncanny)です。
心理学者のジークムント・フロイトは、これを「不気味なもの(Das Unheimliche)」として定義しました。
重要なのは、アンキャニーが「まったく知らないもの」に対して生まれるわけではない、という点です。
知っているはずのものが、ほんの少しだけ違うときに最大の違和感が生まれる。
これがフロイトの観察でした。
わかりやすい例が「不気味の谷」です。
ロボットのデザインは、人間から遠く離れているほど親しみを感じます。ところが人間に近づいていくと、ある時点で急に「気持ち悪い」と感じるようになります。「ほぼ人間」になったとき、わずかな差が一気に気になり始めるからです。
建築や空間でも同じことが起きます。
見慣れた廊下の遠近法がほんの少しおかしかったり、人の気配があるはずの場所に誰もいなかったりすると、私たちはじっと見てしまいます。
アンキャニーは「嫌悪感」と「好奇心」を同時に引き起こす、というのが面白いところですよね。
これが、目が離せなくなる理由のひとつです。
完璧なビジュアルより、ちょっと変なものの方が翌日も頭に残る理由
SNSで「きれいだな」と思った画像を、翌日もう一度探そうとしたとき、たいてい見つかりません。
あの画像、どんなデザインだったっけ。どこで見たんだっけ。意外と記憶に残っていないものですよね。
一方で「なんかあれ変だったよな」と思った画像は、不思議と夜になっても頭に残っていませんか。
これは偶然ではありません。
人間の記憶は、処理しきれなかった情報を長く保持するという特性を持っています。
– 完璧に整ったビジュアル → 脳がすぐに「処理完了」と判断して流す
– 少し変なもの、予想とほんの少しズレているもの → 脳が「これは何だ?」と引っかかりを感じたまま、記憶に残り続ける
2026年のデザイントレンドにおいて「Reality Warp(現実の歪み)」が前年比220%増という急成長を見せているのは、まさにこの理由からではないでしょうか。
AI生成ツールが「完璧な画像」を大量に生み出せるようになった今、逆説的に「処理しきれない引っかかり」を持つビジュアルの方が、見た人の記憶に居座るようになっています。
デザインの現場では、どう使われているか
この感覚は、すでに様々な分野で意図的に設計されています。
ファッションの演出では、2026年のパリ・ファッションウィークで演出会社「Matière Noire」が手がけた「Matières Fécales」「Y-3」のショーが印象的でした。
暗闇の中から光のビームだけが当たるモデルが現れる演出で、「怪物的で魅力的」と評された空間設計です。
豪華絢爛なランウェイとは真逆の、不在と静寂を使ったアプローチでした。
ラグジュアリーブランドの空間では、The Rowのショールームが「静寂という贅沢」を体現しています。
色も素材も情報も、削って削って、最後に残った「何もない感じ」そのものをブランドにしているんですね。
完璧に磨かれた空間ではなく、何かが「足りない」ように見えるのに、そこに品格がある。
映像の分野では、上海AI短編映画祭で最優秀作品賞を受賞した『Him』が話題になりました。
少女が現実の歪む都市を旅する物語で、「これは夢なのか現実なのか」と観客が判断するのを意図的にやめさせる手法が使われています。
ゲームの世界では、『リトルナイトメア』制作陣の新作『Reanimal』が、完全3D化された空間でアンキャニーなクリーチャーデザインと組み合わせ、逃げ場のない心理的な圧迫感を生み出しています。
共通しているのは、「完璧に美しい」ではなく「何か引っかかる」を意図的に設計しているという点です。
なぜ今、この感覚が支持されているのか
背景には、主に3つの理由があると思っています。
① デジタル疲労への反動
アルゴリズムで最適化された「完璧な世界」を毎日浴び続けると、人間は疲れます。
2026年のデザイントレンドには「Opt-Out Era(デジタルから距離を置く時代)」という概念があり、検索数が前年比54%増という伸びを見せています。
完璧を追い続けることに疲れた人たちが、あえて不完全なものに安堵を感じているのかもしれませんね。
② 「宙ぶらりんな時代」との共鳴
AI技術の急進、経済の先行き、気候への不安。
どれも「古い時代が終わって、新しい時代がまだ始まっていない」という状況です。
そのリミナルな感覚が、リミナルな空間表現に自然と共鳴しているのではないでしょうか。
③ ノスタルジーと奇妙な安らぎの共存
廃れたショッピングモールや古い遊び場の画像が、怖いのに「懐かしい」と感じるのは、かつてそこが安全だった記憶が残っているからです。
怖いのに安心する、というこの矛盾した状態が、人を画像の前で止めます。
まとめ
今回のポイントをまとめます。
- リミナル・スペース:通過のための場所が機能を失ったとき生まれる、宙ぶらりんな感覚の空間
- アンキャニー:知っているものがほんの少しズレたときに生まれる、嫌悪と好奇が混在する感覚
- なぜ流行るか:AI時代の「完璧すぎる表現」への反動として、処理しきれない引っかかりを持つビジュアルが記憶に残りやすい
- デザインへの応用:ファッション・映像・ゲームなど、あらゆる分野で「意図的な違和感」が設計されている
「なんか変だけど好き」と感じたことがあるなら、もうあなたはリミナルを体験しています。
デザインを学んでいなくても、この感覚は誰もが持っているものです。
おわりに
最後までお読みいただきありがとうございます!
次に「なんか変」と感じた瞬間、少しだけ立ち止まってみてください。
それが何を引き起こしているのかを考えるだけで、日常の景色の読み方が少し変わるかもしれません。
そしてもし、広告やSNSで「なんか引っかかるな」と感じたビジュアルがあったら、それはおそらくデザイナーが意図的に仕込んだ「引っかかり」です。そう思うと、ちょっと見方が変わりませんか?
それでは、良いデザインライフを!



